水戸地方裁判所 昭和23年(ワ)102号 判決 1952年4月08日
原告 河合久夫 外三二名
被告 茨城県貨物自動車運送株式会社
主文
原告等の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
事実
原告等訴訟代理人は「被告は原告深谷伊三郎、河合久夫、高野勇二、力石洋、金子正、砂川秋次郎、福王喜久雄、薗部武一、蔀勝男、小池庚一に対し各金八千五百六十九円、同長谷川清三郎に対し金九千三百円、倉田松雄に対し金九千九百六十円、同倉田勝義に対し金七千百七十八円、同小崎幹、橋本俊助、坂本昭吉、海野満、小田部只治、五月女豊、須田武雄、河合昇、花沢金一、坂本六衛に対し各金六千六百四十円、同小林巽、長山高雄、海野方正に対し各金六千三百九十一円、同中村明男、松沢俊に対し各金五千八百十円、同蛭川芳、島崎志郎、小林喜三郎に対し各金六千二百二十五円、同大繩敬二に対し金五千二百二十九円、同与野忠に対し金七千二百二十一円並びに以上各原告に対し本訴状送達の翌日から完済迄年五分の割合による金員を支払わなければならない、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、被告会社は昭和十九年二月二十五日成立した貨物自動車運送事業を目的とする株式会社であり、原告等はその従業員として傭われて来たものであるが、被告会社は原告等に対して、昭和二十三年六月七日何等の理由も法律上の根拠も無く解雇の意思表示をし、又は原告等の意思に反し辞職したものであると称して原告等の就業を峻拒した。右解雇の意思表示は無効であり、又原告等は辞職したものでもなく、被告会社の従業員たる地位を有するにかかわらず、原告等は同日以降労務に服することができない。このように原告等は被告会社の責に帰すべき事由により債務を履行することができなくなつたのであるから民法第五百三十六条第二項にもとずき同月八日以降三十日迄同年七月分、八月分の賃金(内訳別紙第一賃金表の通り)総額である請求の趣旨記載の金員並びに訴状送達の翌日以降の遅延損害金の支払を求めると述べ、被告の抗弁事実は凡て否認した。
(立証省略)
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として原告等の主張事実中原告等が曾て被告会社の従業員として被傭中のものであつた点を認めるが、その余は悉く否認すると述べ、抗弁として、一、訴外中丸新太は原告等から同人等に代つて被告会社と賃金に関する交渉権限(協定不成立の場合に全員のため辞職の意思表示をする権限を含む)を与えられ、昭和二十三年六月七日、被告会社の事務一切を総括担当して事実上の代表者であつた訴外河原田厳と賃金値上に関し交渉したが、まとまらなかつたので原告等全員辞職する旨申入れ、河原田厳はこれを承諾した、従て原告等と被告会社との間の雇傭契約は同日限り終了した。二、仮に原告等が任意退職したものでないとしても右中丸新太の辞職申入に対し右河原田からも同時に原告等を解雇する旨の意思表示をなし、その後被告会社は同年十月二十四日から同月三十日に至る迄の間に原告等に対してそれぞれ三十日分の平均賃金として別紙第二賃金表中該当欄記載の金員を支払つたのであるから前記雇傭契約は解雇の意思表示と同時に終了した。三、仮に右解雇が効力を発生しなかつたとしても被告会社は原告等に対し前記三十日分の平均賃金と共に同年六月八日以降百三十日分の平均賃金の六十パーセント即ち別紙第二賃金表中該当欄記載の金員を支払つたのであるから原告主張の期間における賃金の支払義務は存しない。と述べた。(立証省略)
理由
原告等がかねてから被告会社の従業員であつたことについては当事者間に争がない。原告等は被告会社が昭和二十三年六月七日以降何等正当な理由もなく原告等の就業を峻拒して来た旨主張するのに対し被告は原告等と被告会社との間の雇傭契約は右同日をもつて合意解除又は被告会社の解雇によつて終了したものである旨抗争するので先づこの抗弁について審究する。被告は第一に訴外中丸新太が原告等の代理人として被告会社の事実上の代表者である訴外河原田厳に対して前記雇傭契約を解除する旨の意思表示を示した旨主張するが、原告等が同人等の退職に関する代理権を中丸新太に対して与えたという点については成立について当事者間に争のない甲第三号証(その記載された中丸新太の供述)及び同第七号証(その記載された河原田厳の供述)中右の点に副う部分は右甲第三号証(その記載された力石洋、高野勇二、砂川秋次郎の各供述)に比照し信用できないしその他これを認めるに足る資料も存しないから、右の主張は結局採用の限りでない。被告は更に被告会社と原告等との間の前記雇傭契約は解雇の意思表示と、昭和二十三年十月二十四日から同月三十日迄の間における三十日分の平均賃金の支払によつて終了した旨主張するので、この点につき勘考する、前掲証拠によると河原田厳は被告会社代表者河原田稲麿の代理人として(原告等は昭和二十三年六月七日以降被告会社との間の賃金引上交渉において河原田厳を被告会社の事実上の代表者と目して右交渉を進めて来たものであり、当時の被告会社代表取締役河原田稲麿も河原田厳をして自己の代理人として右交渉に当らせて来たことは前顕証拠に徴し明白である)昭和二十三年六月九日原告等に対し即時解雇の意思表示をなしたことは前記甲第三号証(証人丸山清治の証言及び中丸新太、力石洋、高野勇二(一部)の各供述記載部分)によつて認められるが、被告会社が原告長谷川清三郎、同坂本六衛に対して三十日分以上の平均賃金(予告手当)を支払つた事実を認めるに足る証拠はない、又右両名以外の原告等に対してはその金額の点は兎も角として予告手当を支払つた事実は後掲証拠に徴し窺われるが、成立について当事者間に争のない乙第三号証の一乃至四、五、九乃至十四、十九、同第四号証の一、三乃至二十の各一乃至四、同号証の二の一乃至五に依れば右の支払の時期はそれぞれ同年十月二十四日から同月三十日迄の間であつていずれも右解雇後四箇月余を経過して始めて支払われたものであることが認められるから、右支払の時に、解雇の効力を生じたというのならば格別、少くとも、被告のいうような即時解雇は無効といわなければならない。而して原告等は被告会社が原告等の退職又は被告会社の解雇を理由として昭和二十三年六月七日以降原告等の就業を峻拒したため原告等が労務に服することができなかつた旨主張するので更にこの点につき判断を進める、前記甲第三号証(その記載された証人丸山清治の証言)によると、河原田厳が原告等を含む被告会社従業員の大部分の者に対し解雇の申入をなした翌日である昭和二十三年六月十日右解雇の相手方の一人である訴外丸山清治が被告会社に赴いたところ同会社には繩が張つてあつた事実が認められるけれども、前掲証拠及び成立に争のない甲第四号証によると河原田厳は賃金引上の要求をしていた従業員に対して同人等が従来の賃金引上の要求を撤回し改めて一定の雇傭条件に応ずるときは従来通り労務に服しうる旨申入れた事実及び右解雇の申入を受けた者の内訴外斎藤四郎、清水行正、川井章、及び原告花沢金一は従来通り労務に服し得た事実が認められるのであつて、これらの事実を考え合わせると前掲事実は未だ原告等の就業不能を肯認するに充分な証憑と言うことはできない。その他被告会社のみの責に帰すべき事由による原告等の就業不能を認めるに足る資料は存しない。そうすると原告等の民法第五百三十六条第二項による本訴請求は凡て理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 多田貞治 綿引末男 石崎政男)
(第一、第二賃金表省略)